坐禅で不眠・うつ・パニック解消

~必要のないストレスから解放されるために~

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物事を”論理的”に考えると自分自身を責める事を止める事ができる

      2015/11/06

ストレスを溜め込みやすい性格の人の特徴として、物事を論理的(ロジカル)に捉えられないという点が挙げられます。
論理的とは、「きちんと筋道を立てて考えられている」という意味ですが、論理的な物事の考え方とは一体どういう事なのかご紹介していきます。

例えば、【犬は動物である】→【ポメラニアンは犬である】→【ポメラニアンは動物である】と考えるのは論理的な考え方と言えます。

ところが、【動物はポメラニアンである】という考え方はどうでしょうか。

全ての動物はポメラニアンではないので、これが間違っているとすぐに分かる方がほとんどだと思いますが、これが自分自身が関わる場面では意外と気が付かない事が多いのです。

例えば、「自分はパニック障害で苦しんでいて、いつ発作が起こるか分からないのでもう電車に乗る事はできない。もし電車の中でパニックが起こってしまったら人生の終わりだ」と考えている人がいるとします。

僕もパニック障害で苦しんでいた事がありますが、ほぼこれと同じような事を考えていたのでこの気持ちは良く理解できます。

しかし今では、この考え方は全く論理的ではないと言い切る事ができます。論理的, 自分自身, 責める

人間は不完全である

まず、人間は完璧ではなく不完全な生き物であるという事を認識する必要があります。
人間は失敗するのが当たり前で、生まれてから死ぬまで失敗をしなかった人は誰もいないでしょう。

また、仕事の場面などで「後日ご連絡します」と言いながら忘れてしまって結局連絡をしなかったという事もあります。
記憶もあいまいで、昨日の夜何を食べたのかも思い出せない場合もあります。

これだけ聞くと人間に絶対なんて事はないし、やると言ってやらなかったり、記憶もあいまいで勘違いを起こしたり、なんて不完全な生き物なのかと思えてくるのではないでしょうか。
そんな不完全な人間が、電車の中で絶対にパニック発作を起こさないと考えるのは論理的ではありません。

実際今こうしている間にも、本当に電車の中でパニック発作を起こしている人がどこかにいるかもしれないし、その人たちの人生は終わってしまったのかというと、そんな事は決してありません。

従って、パニック発作が恐くて電車に乗る事ができないケースについて理論的に考えるとするならば、不完全な人間が電車に乗ってパニック発作を起こさなければ良いが、もし起こってしまったらそれはそれで仕方のない事だと考える事が最も理論的と言えると思います。

不完全な自分に何が起こっても”自然な事”

人間は不完全であると理解できるのなら、失敗したら人生の終わりだと考える事が間違っているという事も理解できると思います。
なぜなら、不完全なものが失敗する事はどう考えても自然な事だからです。

しかし、人の前で恥をかきたくないという気持ちから、時には完璧に振舞いたくなる、或いは自分は失敗する側の人間にはなりたくないという気持ちになってしまう事も事実だと思いますし、それは皆同じだと思います。

もし自分の周りの人が失敗してしまっても、「あの人の人生は終わりだ」なんて思わずに、「そういう事もある。自分にだっていつ何が起こるか分からない」というように感じられるようになれば、周りの人に対してだけではなく自分自身に対しても「終わりだ」なんて思わなくなってくると思います。

全ての人の人生は失敗の連続だと思います。
どんな自分でも受け入れていきましょう。

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