坐禅で不眠・うつ・パニック解消

~必要のないストレスから解放されるために~

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13、対人恐怖症の発症

      2015/11/06

大学は8人クラスであるため、自分が発言する機会があまりありませんでした。

当時の僕は、自分の症状を考えればそれはそれで良いと思えることも反面ありましたが、中国語をもっと早く学ぶにはもっと「話す」事が必要だと思い、大学を辞めて民間のマンツーマン形式の学校に変更しました。

通い始めてまず初めに分かった事は、5~6畳程の小さな空間でマンツーマン授業を行うという事でした。
ちょっと圧迫感を感じましたが、まあすぐに慣れるだろうとその時は思っていました。

先生が入ってきました。
自己紹介から授業の流れの説明まで全て中国語で行われます。
先生の言っている事が分かったり分からなかったりしますが、なんとか頑張って話しについていきました。
対人恐怖症, 中国語
先生がある程度話終わって、今度は「あなたはどうですか?」と聞いてきますが、僕には何を聞かれているのか分かりませんでした。
「すみません。分かりません」
そう答えるしかありませんでした。

初めのうちは先生が何を言っているのかあまり理解できなかったので、このようなやりとりばかりしていました。
結果、だんだんと焦ってきて、鼓動が速くなり、全身の痺れが始まってきます。
「まだ授業開始から10分しか経ってないのか。まだあと40分もここにいなければいけないのか」
そして、またここから逃げ出したいと思うようになっていきました。

でも、心の中では、
「もし今回も逃げたらいつかまた繰り返してしまう。何よりも、マンツーマン形式の授業を選んだのは僕自身ではないか。また自分で敷いたレールから逃げるのか」
という気持ちがあり、なんとか耐え切って授業を終える事ができました。
授業が終わった頃には疲れてへとへとになっていました。

また、先生は複数人いましたが、この緊張感や体に起こる症状は、先生によって違いがありました。
ある特定の先生との授業ではこの傾向が強く、その他の先生ではそれ程深刻には現れない事が分かりました。

きっと、先生が自分のこの症状を直接作り出しているのではなく、自分の考え方や感じ取り方が自分自身に対してこのような症状を引き起こしているのだろうという事はなんとなく理解できました。

そして授業の回数を重ねるごとに少しずつ慣れていき、3ヶ月も経つと授業中に関しては殆ど普通な精神状態でこなせるようになりました。

中国語も上達し、家の中でも妻と簡単な日常会話が中国語でできるようになってきて、妻の家族や親戚とも簡単な内容であれば会話ができるようになりました。

すると、台湾で生活する上での気持ちにゆとりが出てきました。

いざという時のお守りだと思って日本から持ってきたデパスも、台湾に来てから一度も飲んでいませんでした。
薬を飲まないで生活できている事だけでも、自分にとっては自信になっていました。

「よし、そろそろだな。また社会に出て、今度こそ普通な生活を送れるようにしよう!」

この時は予定通り、台湾に来てから半年が経つ頃でした。

14、社会不安障害からパニック障害への”異変”

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